髙田郁著 時代小説「みをつくし料理帖」

毎日「今日も謙虚に過ごします」と神棚に手を合わせているのに、なかなかねぇ。

毎朝、神棚代わりにリビングの棚に飾ったお札やお守りに「今日も謙虚に過ごします」と手を合わせてから出勤している。
しかしそう誓っていても何だかんだと結局やり過ぎ、言い過ぎ、調子に乗ったオンパレードな毎日を送り、行った自らの行為言動に対して恥ずかしさで一杯になり、落ち込み床に着く、の繰り返しである。

そんな私の日頃の行いを正直に言い訳することなく反省し、それでも明日からはもう少しまともな人間として行動したい、と思わせてくれるのが、髙田 郁著「みをつくし料理帖」である。

私が惹かれるのは「後悔」する主人公の姿

「みをつくし料理帖」は、特別巻を含めた11巻にわたる長編時代小説である。
艱難辛苦を乗り越え一途に料理人の道を進む主人公「澪」が最後に決意したのは「大きな成功」をつかむことではなく、「食べる人の心と身体を健やかに保つ料理を作り続ける」道。

主人公はその道をひたすらに進もうとするのだが、その過程で良かれと思った行動や考えが、浅はかだったり、時に傲慢であることに気付いたり、またそれを周囲から教えられたり。
思い上がっているつもりではないのに思い上がっていることに後から気付き、落ち込む。
落胆と後悔を繰り返しながらも必死に前へ進む、という場面が何度も訪れる。

自分の傲慢さを自覚して改善するための「セラピー本」。

私にはもう主人公のような心願成就のための強い意志や心を持続させる体力はない。
流れにまかせてフラフラと毎日を過ごすので精一杯だが、そんなんだからなのか、仕事やプライベートで言わなくて良いことを調子にのってつい口走ってしまう。
浅はかな自分、傲慢な自分、出過ぎた自分。主人公の後悔が毎回自分に重なる。

主人公が後悔する度に、日頃の自分の振る舞いや発言がフラッシュバックし、恥ずかしさと後悔で読むたびに思い出して落ち込んでしまう。
それでも読み飛ばしたいところをぐっとこらえて恥ずかしさに耐えながら読むのである。
主人公も再び前を向く。自分もまた明日からやり直そう、とスタート地点に戻してくれる本だ。

もちろん美味しい料理がたくさん出てくる。

丁寧で優しく健やかな身体を作る滋養に溢れた料理の数々。
読むだけなのに文章から香りや味が思い浮かぶ。そして脳が満たされ、美味しい幸せな気持ちになる。
苦労ばかりの話ではなく、主人公の作る料理で幸せになる人々がたくさん出てくる。
もちろんこれがこの本の1番良いところだよ。

そしてこの本を読んだ後は、いつもほぼワンプレートの料理しか作らないのに、品数が増えるんだよねえ。一時的だけど・・・。