美しい景色と楽しい旅行の後に待っていたこと

81歳の母、私(57歳)、娘と息子との旅行。母ではなく私の疲労が半端ない

毎年、母と私の子供2人(つまり孫)と一緒に泊りがけの旅行に出かけている。
母の年齢と足腰を考えて、ゆっくりとした行程を組む。
母は孫達との旅行を毎回楽しみにしていて、今回も楽しかった楽しかったと何度も言っていた。

今回はビーナスラインが開通したばかりの春の美ヶ原高原へ。標高2000メートルの山頂からは富士山はもとより、南アルプス、中央アルプス、北アルプス、その先は日本海という北信五岳、私の大好きな孤高の御岳山も全て見渡せる360°の絶景を堪能し、夜は満天の星空を眺めることができた。

母は81歳で足腰が弱ってきているものの、放牧された牛達を眺めながら、通常40分のハイキングコースをゆっくり1時間半かけて歩き切った。
私は唯一毎日やっているスクワットと腹筋運動が効を奏し、筋肉痛にはならなかった。筋肉は裏切らないってホントね。

孫2人は幼い頃たくさん面倒を見てくれた祖母をとても大切にしてくれる。
今回も、荷物を持ち、段差では手を繋ぎ、夜は祖母の肩を揉み、何かと世話を焼いてくれて、ばあばの世話はほとんどお任せできた。
良い孫たちや。

しかし、元気に歩いていたので大丈夫だと思っていた母が、疲れがどっと出たのか夕食を一口も口にできず部屋で寝込んでしまった。

疲れただけと言うものの、食事も口にできないなんて。
市街から山頂のホテルまで救急車は一時間半かかる。どうなることかと心配したものの、翌朝はケロリとして、前の晩ホテルの人が後で少しでも食べられれば、と握ってくれたおにぎりと漬物を朝食前に「おいしい~」と言って食べ、朝食は朝食でホテルが残しておいてくれた前の晩のデザートと朝食をペロリと平らげ、お昼の山菜の天ぷらとお蕎麦も完食し、元気に旅行を終えた。
81歳恐るべし。

問題はその後の私だ。

私は元々布団が変わると眠れない。寝付けないし、うとうとしてもすぐ目が覚めるということを朝まで繰り返し寝不足になるので、旅行中は栄養ドリンクを飲み寝不足をごまかしながら過ごしている。

たくさん出された料理を残してはいけないと、自分の分や時には母の分まで頑張って食べていた。(これは後に息子から、全部食べなくていいのに、と叱られた)

今まではそれでもなんとかやれてきたし、旅行から帰った後、少々疲れが出る位は誰もが経験することだ。

しかし今回は全く違った。
まず、母を実家の最寄りの駅まで送り届ける間の電車の中で、胃がもたれ始めた。
母と別れてから自宅にたどり着くまで4時間、悪心に耐えながらの帰途となったのである。
夜帰宅してから翌日の昼までの間に口にできたのはゼリー1個だけ。

食欲は戻らず、翌日には唇がたらこのように腫れ、水ぶくれができ、つまり口唇ヘルペスになり、口の中は口内炎だらけになってしまった。
ということは免疫力が落ちているわけで、当然のごとく風邪をひき、更に胃腸も引き続き調子が悪い。食欲も戻らない。

更に夜中に突然、顔面の右半分が猛烈に痛くなり、のたうち回った挙げ句、鎮痛剤を飲んだ。(これはたぶん風邪のウイルスかなんかが鼻腔を通じて顔を攻撃したのだと思っている。)

うー、気持ち悪い、唇痛い、だるいと思いつつ、それでも栄養ドリンクを飲んで出勤してみれば、急に病気療養で休職となった人の代わりに、1ヶ月半他部署の応援にかり出されることになってしまった。
「明日は休みたい」と言い出せないまま、風邪薬と胃腸薬と栄養ドリンクを飲みながら、慣れない他部署で慣れない仕事をし、復調するまで2週間もかかってしまった。

母の年齢と体力、体調を考えて旅行を計画してきたが、81歳向けの旅行プランで自分がボロボロになってしまった。数年前まではこんなことにはならなかったのに、衰えたものだ。

母に様子を尋ねると、ピンピンしていた。長年リンゴ畑で働いてきた81歳は鍛え方が違う。

これからは母より私の身体の事を考えて旅程を考えよう。
たくさん料理が出ることについては、最初から1人分減らしてもらうとかできそうならしてもらおう。