【恵方巻、食べる?食べない?買う?買わない?】

昭和の節分が懐かしい

母が鬼。昭和の節分

子供の頃の節分は、母が先頭に立ち大声で「鬼は〜外ぉ!福は~内ぃ!」と叫び豆をまくというものだった。

母は豆まきが好きだ。家中の全ての窓と玄関を開け放ち、盛大に落花生(実家では落花生で豆まきをする)を家中にまいていく。まさしく邪気を祓うとはこういう事だ。
私は落花生は好きだが、豆まきは苦手だった。だって寒いんだもん。拾うの大変だし。

母が窓と玄関を開け放てば、こちらはますます首までこたつに潜り込む。極寒の信州の2月。一年で一番寒い。あっという間に家の中は氷点下近くになる。
出るのが嫌でいつまでも「こたつ」に潜っていると、母が「鬼の形相」でやってくる。そして「出なさい!」と怒られる。もはや鬼なのは母の方であった。

嫌々豆まきをした後、それでも拾った落花生を「こたつ」で歳の数分食べるのは楽しくて、当時の行事って楽しかったよなあ。と懐かしんでいる。

平成の節分

大人になり自分にも子供が生まれて、今度は私が豆まきをつかさどる立場になった。なったものの、そこは私である。都会は信州ほど寒くないとはいえ、やっぱり冬だから寒い。
ある年、日が落ちる前に終わらせてしまおうと、夕方早々に子供達とささっと豆まきを終わらせたら、夜帰ってきた夫が激怒した。夫も豆まきが好きだったようだ。

以降、渋々夜夫が帰ってくるまで待って豆まきをしたり、子供達がインフルエンザにかかり豆まきどころではなかったりしているうちに、段々行事そのものがフェードアウトしていったのだが、
その間息子は、近所の友人の家で豆まきをして、恵方巻までご馳走になってくる、という適応力を身に着けていた。
断っておくと、この息子の友人宅というのは、近所の子共達を集めて豆まきを盛大に行ってしまうお宅だったため、うちの子だけが図々しくお邪魔していたわけではない。

令和の節分

時は過ぎ、子供達も成人してそれぞれの地で生活しているため、家には夫と私の二人しかいない。
帰宅が間に合わず豆をまきそびれて激怒していた夫も、怒る気力が失せたのか、豆さえ食べられれば何も言わなくなった。
ピーナッツ入りのお菓子とか、柿ピーを出せば喜んでいる。

スーパーやコンビニは恵方巻の一大市場

現代の節分は豆まきより恵方巻が主流?

恵方巻という関西からやってきた縁起物は、いつの間にか全国を席巻している。これは全国展開するコンビニやスーパーの力が大きかったらしいが、実は私は買ったこともなければ作ったことも食べたこともない。(節分の時以外に太巻きは食べるけど)

商売はわかるが、恵方巻は高い

情報社会である現代は、地方で行われている行事(節分に限らず)がアッという間に全国に広まるし、広めることもできる。
知らなかった行事や習わしを知ること自体は面白いし勉強になって良い。
しかしせっかくの古くからの行事も、商売として成り立たせることについては理解するが、乗じて法外な価格で市場に登場する。もはや恵方巻を食べる「イベント」と化している。

スーパーやコンビニに並ぶ恵方巻は、オーソドックスな太巻きから海鮮がたくさん巻かれた高級恵方巻まで、平均で1,000円前後、中には2,000円を越えるものまである。
節分便乗?商品もバラエティに富んでいる。手巻き寿司や節分そば、節分スイーツ、恵方巻と一緒に唐揚げを!とか棒状のヒレカツとか(鬼に金棒だから?)。カップ蕎麦まで。よく考えつくものだ。

うちのささやかな節分は

夫はスーパーのチラシを眺めながら
「恵方巻、松坂牛の恵方巻、ローストビーフ恵方巻、節分そば、鬼除け汁(これは何?)、イワシフライ、ロール恵方巻(=ケーキ)、豆大福・・・。」とバラエティーに富んだ節分関連商品をブツブツと読みあげている。
食べたいらしいが、私はスルーしている。

じゃあ作れば、とはならい。だってもう料理に手間暇かけるのはやめてしまったし、今買って食べなくても、妥当な値段の時に食べればよい。

「おとーさん、食べたいなら自分で買えば?」と思うが、ケチな夫が自分のお金で買うわけがない。しかも嫌いな椎茸が入っている危険性があるので、うかつに買うこともできないらしい。

というわけで、今年も柿ピーでささやかな節分を送ったのだった。