大きなホテルでは毎日1トンもの残飯=食品ロスが出る。

・SDGs。持続可能な開発目標とは。おいしくても食べきれない食事を前にして。

旅行は楽しい。マレーシアから来た長年の友人と母、私の娘と息子、私の5人で4月半ばに奈良へ、ゴールデンウィークに松本と奈良井宿を回った。

旅館の食事は非日常。普段、洗い物を極力減らすためにほとんどワンプレートで食事をしている身には、何枚もの美しいお皿が並ぶ光景は眩しい。

料理は皆おいしくて、見た目の美しさにも味にも「うわぁうわぁ」と喜びながらいただいていたのだが、
「お料理は少なめで、品数も少なめ」というプランにしたはずなのに、目の前には普段の何倍ものお皿が並ぶ。
朝食は、納豆、湯豆腐に天ぷら、ごま豆腐、魚の干物、卵焼きのたんぱく質オールスターズ。さらにサラダ、漬物や佃煮、海苔、梅干し等の小鉢が並ぶ。ご飯はおひつに軽く1人2杯分はある。

夕食も豪華。しゃぶしゃぶ、ステーキ、焼き物に天ぷら、お刺身、野菜に煮物に炊き込みご飯にデザート。盆と正月とクリスマスが一度にやって来たような食事だ。
自分以外が作る食事はおいしい。心もお腹も幸せで一杯だ。

しかし、「これだけの品数、普段の栄養の偏りを是正できる、スバラシイ」と意気込んだものの、完食はできず大分残してしまった。

用意してくれた旅館の人にも農業や漁業に携わる方達にも申し訳ない。

残すくらいなら、料理の量、せめておひつのご飯を半分に減らしてもらうことを旅館にお願いしてみたい、とみんなに提案したのだが、

母や子供達は、私達だけそのような事をお願いするのは旅館側にとっては負担になるという意見。一理ある。

かたや友人の意見。彼女はマレーシアでリゾートホテルのマネジメントをし、さらにSDGsに配慮したエコツーリズムを推進する活動をしている。彼女は

食べられないとわかっているのに減らさない方が悪。

例えば大きなホテルでは毎日1トンもの残飯が出るって知ってる?それを肥料や動物の飼料にする取り組みもあるけれど、考えてみて?たった1つのホテルで毎日1トンよ。

と言う。

結局、旅館の人の忙しそうな姿を目にしてお願いするのもためらわれ、今回は減らしてもらうことはしなかった。
もてなしてくださる旅館側の気持ちもある。でも残してしまったらそれはそれで旅館の気持ちを落胆させてしまうのかもしれない。
どっちが正解なのだろう。

・経済活動と持続可能な社会。両立は実現するのか。

旅館で提供される食事を減らせば食品ロスは減るかもしれないが、農業や漁業で生計を立てる人や業者さんにしてみれば収入源だ。
その人達が今営む生活を逼迫させてしまうことにもなる。
そうならないように、価格をそのぶん上げれば、今度は旅館側の経営を圧迫し、価格転嫁が宿泊客に跳ね返る。

食品ロスを減らすことを考えると、根本的な所から全部ひっくり返すくらいのことをしない限り、持続可能な社会なんてどうやって実現するのさ。

どこをどうやったら、とぐるぐる堂々巡りをしながら、ひとまず目の前のご飯を残さないように残さないようにと食べる。

・人はなぜ木に電球を巻き付けるのか。

旅館やホテルではトイレットペーパーを宿泊客が変わるたびに新しいものに変えるのをやめ、使い切るようになっていた。一方で、

人々は冬になるとあらゆる木や建物に電球を巻いて(=イルミネーション)その光景を楽しんでいる。LEDなら環境にも電気代にも負荷はかからないから?でも日本中だよね。
この冬は電力不足や電気代高騰も叫ばれていたのに、全く関係ないように見えてしまったが、大丈夫なのかしら。

朝まで遊ぶ場所がないという外国人のリクエストに答えて朝まで営業する場を官民一体となって展開する。
インバウンド需要は日本の経済のために欠かせないらしい。とはいえ朝までって・・・。
みんな、早寝早起きしようよ。環境と健康のためにさ。

電気代は高騰しているし、エネルギー問題はSDG s が掲げる大きな課題の1つだと思っていたけれど。

トイレットペーパーをわずかばかり減らして、街は24時間眠らない。どうなの、このバランスの悪さ。