まず自分で考えようよ。

ガソリンどうするってなに?

私は日頃から、

わからない事も、まず自分で「どうするか、どうしたいか」考えて、

その意見を表明してみることを信条とする。

子育てもそうで、

勉強も、遊びも、進路も、人生も、

考えなしに「どうしたらいい?」と言おうものなら、

つまり、自分で決められること、決めるべきことなのに、

結論とその責任を「私に」委ねようとするアプローチ

には容赦がない。

「答えは簡単に言わない」という子育てをしてきtた。

もちろん、全くどうにもならない時には一緒に考える。

ヒントを提示する。

子ども達十分わかって大人になったはず。と信じている。

子供達『』ね。

しかし、

今日のはなんてひどい話だ。

我が家では、災害に備えて「毎週末」車のガソリンを「満タン」にする、と決めている。

東日本大震災の時の教訓でそう決めていて、

ガソリンを入れに行くのは主に夫の仕事になっている。

先週末の午後、突然

おとーさん
おとーさん

今日ガソリンどうする?

と聞いてきた。

最初、独り言だと思って知らんぷりしていたら、

再び

おとーさん
おとーさん

今日ガソリンどうする?

と言っている。

行かれない理由があるのか、行く必要がないという判断なのか、

たいしてガソリンが減っていないのか、行きたくないのか、

それならそれでキチンと言えばいい。

私に判断を仰ぐってどういうこと?

知らんぷりしていたら

もう一回

おとーさん
おとーさん

今日ガソリンどうする?

と聞いてきたもんだから、無言で夫の顔を見たら、

「あ、行ってきます。」

すたこらサッサ。

なんなのさ。

今回はこんな些細な事だったが、聞いてくるくせに

「君がそう言ったから」とか「君がそう決めたんだろう」

とか言われるので

そういった状況に陥らないようにこちらも気を付けないといけない。

あ、それとも、無言の「行ってください」に見えたのかな。

ひょっとして答えを言っちゃったってことか?

仕事も同じ。

仕事でもね、若い子が、考える前に

「どうしたらいいか」なんて聞いてくるの。

仕事なので、私も大人なので、いきなり眉を吊り上げるなんて事はいたしません。

最初は「そ~ですねー。」と言う。

聞いてきたことを反復するとか、促す言葉をかけてしばらくほっておく。

そうすると、大体は自分で答えを見つけてくるから、

それを聞いてから、意見を言わせてもらう。

さすがに職場で無視なんてしないよ。

仕事ですから。

そりゃあ、ホントにどうしたらいいかわからない時もある。

そう言う時は私も一緒に考える。

あ、これは

さも「私は」なんて偉そうなことを言っていますが、

私がもともとそういう人間だったわけではなく、

むしろ私がそういう態度だった時に「そうじゃないでしょ」ということを教えてもらったから、そうしていること。

受け売りでございます。

たのむよ。おとーさん。